50-50の金婚旅行で“蓮如の里”「吉崎御坊」へ
金婚さんからの便り
金婚を迎えたご夫婦から、富山県と蓮如上人ゆかりの福井県のあわら市を記念旅行として訪ねられた寄稿文を寄せてくださいましたのでご紹介いたします。

去年の野球界の明るい話題は、アメリカの大リーグで活躍する大谷翔平選手の50−50(本塁打・盗塁)の達成でしたが、世界が注目する中、彼は軽々とこの前人未到の大記録をクリアしました。正に歴史的快挙です。
ところで、実は我が家でも昨年11月に夫婦で50(夫)−50(妻)を達成しました。結婚50周年です。長い間、連れ添ってくれた妻に感謝しなければなりません。
そこで、これを記念として、今まで訪ねたことのない北陸の温泉と“蓮如の里”吉崎御坊巡りの金婚旅行を思い立ち、11月初旬に出掛けて参りました。

初日、トロッコ電車から眺める黒部峡谷の紅葉は色づき始めたばかりでしたが、峡谷の横っ腹をさながらのたうち回る大蛇のように、「ゴーゴー」「ギーギー」と呻き声をあげながらクネクネと疾走する電車は迫力満点でした。
渓谷の絶景もさることながら、黒部川電源開発のためとは言え、急峻な山腹を削り、掘り抜き、よくぞこの鉄道を敷設したものだと心底、感動した次第です。その夜は宇奈月温泉のホテルで名湯と富山の料理を堪能しましたが、流石に刺身は美味でした。

二日目は、金沢経由でローカル線の旅を満喫。石川県をのんびり横断し、加賀温泉郷の片山津温泉の宿で歳相応に傷んできた身を癒し、三日目に福井県あわら市の“蓮如の里”「吉崎御坊」を訪ねました。
「吉崎御坊」は浄土真宗中興の祖・蓮如上人が比叡山からの圧迫を避けて、北陸の布教の拠点とされた所ですが、ここで蓮如上人は精力的に活動され、宗勢を拡大されたとのことです。私は、浄土真宗の歴史によく登場するこの地がどのような所なのか、一度訪れてみたいと以前から思っておりました。
吉崎に到着し、ご旧跡は高台の「御山」にあると聞いて、すぐに登ってみますと、そこには開けた空間が広がり、木立の中に幾つかの碑が立っていました。当時、坊舎があった場所です。著名な高村光雲作の蓮如上人の銅像がひと際高くそびえ立っており、「優しい眼差し、凛としたお立ち姿」が印象的でした。この御山は北潟湖が一望できる景勝地でもあります。
御山から少し下りた所に真宗大谷派の「吉崎東別院」があり、参詣させて頂きました。

また、帰り際に「蓮如上人記念館」に立ち寄り、館長さんから蓮如上人のご生涯や様々なエピソード等を詳しくお聞きしましたが、蓮如上人は数多くの「南無阿弥陀仏」の六字名号や「御文」を書かれて、真宗の教化・布教に努められた様子がよく分かりました。
蓮如上人と言えば、「白骨の御文」が有名ですが、ある雑誌のインタビュー記事で、作家の司馬遼太郎氏がこの御文を「日本が世界に誇れる名文」と絶賛していたことを思い出しました。上人は卓越した文才の持ち主だったようです。
今回の旅行は、金婚の記念の旅でしたが、単なる観光ではなく、期せずして蓮如上人を通して真宗の布教の歴史を学ぶ研鑽の旅ともなりました。妻も大変喜んでくれましたので、密かに安堵した次第です。(完)